瞳の中に


-4-

だが、梶が家に着く頃になってメールが入った。
「専務室だと?」
意外な場所に梶は思わず声に出して呟いた。
何だか妙に嫌な予感がして、急いで踵を返すと今来た道を引き返し始めた。
会社に着いて、真っ直ぐにエレベーターへ向かい、最上階のボタンを押す。残業の社員がチラホラ残っているだけで、会社の中はさすがに閑散としていた。
その中でも重役室ばかりが並ぶ最上階に降り立つと、そこは静まり返っていた。
専務の部屋の扉を開け、誰も居ない秘書室を通り過ぎると、梶はその奥のドアに進みノブに手を掛けた。
ドアの向こうから、小野瀬のものらしい声が聞こえる。梶は眉間に皺を寄せながら用心深くドアを開けた。
「おや、案外早かったな」
ドアが開き、梶の姿を確認するなり木田専務がそう言って笑った。
「やっ…」
梶が開けたドアのちょうど正面に小野瀬は居た。
「小野瀬…」
その無残な姿を見て、梶は息を呑んだ。
専務が普段使っている革張りの椅子に腰掛けさせられ、小野瀬は縛られて自由を失っていた。下半身は丸裸で、腕は椅子の後ろに回されて縛り付けられている。上半身も僅かにシャツだけは着ているが、前は(はだ)けられて胸から腹まで丸見えだった。
その乳首には十円玉くらいの丸い振動板がテープで止められ、ペニスは細い紐のようなもので縛り上げられていた。
そして、大きく開かされて椅子の腕に引っ掛けられた両脚の間には細めのバイブレーターが差し込まれていた。
泣きそうな表情で、小野瀬は見つめる梶の目から顔を背けていた。
「メールを送ったのは私だよ。どうだ?可愛いだろう?私の漣は」
その隣でニヤニヤと笑いながら木田専務は小野瀬を見下ろして言った。
「君に見せてやるのは惜しいんだが、今日は珍しく、どうしても言う事を利かないんでね。お仕置きしなくちゃならなくなった」
「なにを…」
驚きからまだ覚めやらぬまま、梶は視線を木田専務に移した。
すると、専務はその場にしゃがみ、小野瀬のアナルを犯しているバイブレーターに指を掛けた。
「この子がどうしてもと頼むから、首を切られそうだった君を2度も助けてやったんだよ。それなのに、そんな私に逆らうなんて…」
「え…?」
木田専務の言葉に、梶は驚いて目を見張った。
では、まさか彼がこんな仕打ちに耐えているのは、自分の為なのか。
グリッと小野瀬の中で木田専務がバイブレーターを動かした。
「ひぃぃッ…、いやッ…、いやッ…」
その途端に、小野瀬の悲鳴が上がる。
「はひッ…、ハッ…、ハゥッ…」
なにをされているのか、小野瀬は目を見開いたままで、ビクッ、ビクッ、と小刻みに身体を痙攣させ始めた。
「ククク…」
楽しそうに笑うと木田専務は唇を舐めた。
「分かるかい?ドライでイッてるんだ。こうして前立腺を集中して刺激してやると、イキッぱなしになるんだよ。気持ちいいねえ?漣」
「ひぃぃぃぁ……あっ」
ヒクッ、ヒクッ、と硬直したままの小野瀬の身体が震え、瞳からは涙が溢れ出した。
「やっ、止めてくださいッ」
梶は思わず木田に飛びつくと、彼を突き飛ばして小野瀬のアナルからバイブを抜き取った。
「ひアッ」
声を上げた小野瀬に構わず、梶は彼の体から次々に器具や戒めを外し始めた。
その後ろで、ゆっくりと立ち上がりながら、木田専務が忍び笑いを漏らしていた。
「残念だねえ…、漣。これで、君の苦労も水の泡だ」
「や…」
激しく首を振り、恐怖に満ちた目で小野瀬は木田を見上げた。
「お、お願いですッ……専務ッ」
「もう、駄目だよ。大体、君が言う事を利かないからいけないんだろ?その男と切れろと言っているのに、強情なんだからねえ…」
「専務…」
哀願するように木田を見上げた小野瀬を見て梶は驚いた。
その肩をポンと後ろから木田が叩いた。
「悪いが、今度の人事では助けてあげられそうも無いよ、梶くん」
その言葉に振り返り、梶は冷めた声で言った。
「構いません。会社なんか、いつだって辞めますよ」
「い、嫌だッ…」
叫ぶなり、むしゃぶりついてきた小野瀬に驚き、梶は彼を見つめた。
「嫌だっ、梶……、嫌だ、嫌だ」
「小野瀬…」
見ると驚いたことに小野瀬は泣いていた。
その涙の理由を完全に理解出来ていた訳ではなかったが、梶が彼を抱きしめる理由にするには充分だった。
「私の漣から離れなさい」
冷ややかな声が後ろで聞こえたが、梶は拒否して首を振ると更に小野瀬の身体を抱え込んだ。
「いいえ。もう、離しません」
「梶……?」
今度は小野瀬が驚いたように顔を上げて梶を見上げた。
「帰ろう」
「梶…」
「帰るなら1人で帰りなさい。漣はここに置いて行くんだ」
「嫌です。一緒に連れて行きます」
「それなら…」
嘲るような口調で木田専務は言った。
「漣の身も保証は出来ないよ」
ハッとして、梶の腕から力が抜けた。
すると、小野瀬がその身体にしがみ付いた。
「好きにすればいいッ」
「漣…」
驚いた木田の顔を見ようともせず、小野瀬は梶の肩に頬を押し付けた。
「俺は梶と行く。一緒に行く…」
そんな小野瀬を愛しげに抱きしめると、梶は一旦彼を離しソファに脱ぎ捨てられた彼の服を持って戻って来た。
それを小野瀬に渡すと、梶は木田専務に向き直った。
「俺たちの事は、もう構わないで下さい。会社を首にするなら、それで結構。小野瀬はもう2度と貴方の玩具にはさせません」
「後悔するぞ…」
その言葉に梶は笑った。
「ここで小野瀬の手を離したら、俺は一生後悔しますよ」



服を着終わった小野瀬を助け、梶は専務の部屋を出た。
足が萎えているだけではなく、小野瀬は苦しそうだった。
「梶、何処かで。早く…」
「また、薬か?」
訊くと、小野瀬は頷いた。
「分かった…」
会社を出るとすぐにタクシーを拾い、梶は1番近いホテルへ向かった。
小野瀬はぐったりとして梶に寄りかかったまま、荒い息を何とか押さえ込もうとしているようだった。
ホテルに着き、チェックインして部屋に入るとすぐ、梶は小野瀬をベッドに座らせズボンの前を開けさせた。
縛られて縄目の残るペニスが痛々しいほどに勃起して目の前に現れた。
「いっぺん、抜いてやるから」
「あっ、梶…」
いきなり口に含まれ、小野瀬はビクンッと震えた。
「あ…、あ…」
余程我慢していたのか、梶の口の中で小野瀬はすぐに達した。
「少しは楽になったか?」
梶が顔を上げると、小野瀬は目を瞑ったまま頷いた。
だが、梶が立ち上がるとまだ上気したままの顔で彼を見上げた。
「でも、まだ足りない。ちゃんと抱いて?」
「ああ、勿論」
そう言って笑うと、梶は服を脱ぎ始めた。
小野瀬も服を脱ぎ捨て、裸になると傍に座った梶にしがみ付いた。
「木田に玩具にされてたのは、俺の為だったのか?」
梶が訊くと、小野瀬はギュッと腕に力を込めてそれに答えた。
「なんで?なんでそんな……」
愛しげにその背中を撫で、梶は訊いた。
「だって、おまえが会社から居なくなったら、もう接点が何も無くなる。折角、同じ会社に入ったのに…」
それを聞いて驚き、梶は小野瀬の顔を見た。
「まさか、俺を追って今の会社に?」
小野瀬は答えなかった。
だが、沈黙がそうだと告げていた。
「なんで?なんで言ってくれなかった?」
「おまえの傍には……いつも誰かがいた…」
誰かとは女のことだ。
確かに大学時代、野球部のエースだった梶に女が絶えたことは無かった。
「けど…」
友達としてさえ、話しもしたことが無かったではないか。
「1度だけ、コンパで一緒になって、同じテーブルじゃなかったけど声は聞こえる距離だった。傍に行きたかったけど、切っ掛けが掴めなくて…。でも、俺はずっとおまえの事ばかり気にしてたから、会話も全部聞いてた。……その内、誰かおまえのテーブルのヤツがトイレから帰って来て、“あっちに、ホモっぽいカップルが居る”って言ったんだ。そしたら、おまえが、“げぇ、気持ち悪りぃ”って言った……」
梶はまるで覚えていなかった。
だが多分、弾みでそう言っただけで、自分にそういう人種を軽蔑する気持ちがあった訳ではなかった。
「あの時…、本当は思い切って声を掛けてみようって、そう思ってた。でも…、そうじゃ無いって分かってても、俺のことを言われたみたいに感じて……」
口篭った小野瀬の身体を梶はギュッと抱きしめた。
「ごめん……」
大して意味があった訳ではない自分の不用意な言葉が、小野瀬をこれほど傷つけ、そして臆病にしていたのかと思うと堪らない気持ちだった。
「だから、まさか、抱いてくれるなんて思わなかった。女の代わりでも、興味本位でも嬉しかった……」
「漣……」
「軽蔑されてると思ったけど、でも、いつも優しくしてくれるから……。期待しちゃいけないって、いつもいつも、自分に言い聞かるのが大変だったよ」
「ごめん、嫌な思いばっかりさせて…」
「俺が勝手にしただけだ」
笑った小野瀬に、梶は首を振った。
「あんなヤツに……」
「でも、アイツ、インポなんだ」
冷笑しながら小野瀬は言った。
「え?木田専務が?」
驚いて梶が顔を上げると、小野瀬は苦笑しながら頷いた。
「だから余計に、異常な行為を好むんだろう。……けど、そのお陰で挿入れられたのは玩具だけ」
言いながら小野瀬は梶の頬を両手で包んだ。
「だから、俺の身体が知ってるのは、梶のだけ」
「ほんと?」
「うん。早く、欲しい…」
「その前に、キスしよう?もう、嫌がったりしないよな?」
梶の言葉に小野瀬は頷くと、頬を包んでいた手を滑らせて、腕を彼の首に回した。
「キスすると、泣きたくなるから嫌だった…」
吐息の混じる囁きが、唇の重なり合う直前に辛うじて訳を言った。
それでも本当は求めていたのだろう。
だからこそ、快感で意識が飛び始めると、必ずと言っていいほど自分からキスを欲しがったのだ。
「漣…、好きだよ」
囁いてやると、小野瀬の目に涙が滲んだ。
「最初に抱いた時から好きだった。好きだから抱いたんだよ」
「恭介…」
「ごめんな。もっと早く言えなくて」
小野瀬は首を振った。
その拍子に、涙が零れて頬を伝う。
「このまま、漣の中に入れて?」
「うん…」
頷いて腰を浮かせると、小野瀬は梶のペニスを自分の中へ深く迎え入れた。
「あ……、恭介ッ」
小野瀬の身体に包み込まれる快感に、梶の喉からも満足そうな呻きが上がった。
「漣、明日から、どうする?」
笑いながら見上げると、小野瀬もクスリと笑った。
「路頭に迷っちゃったな?俺たち…」
「ホームレスにでもなるか?」
その言葉に、小野瀬はクスクス笑って梶の肩に両腕を載せた。
「いいよ。恭介と一緒なら、ダンボールの中でも幸せだから」
そのまま暫く笑いあった後、梶は少し真剣な目になって小野瀬を見上げた。
「ほんとに幸せにするよ。もう、絶対に泣かせないから…」
「平気だよ。そんなに頑張らなくてもいい。恭介くらい俺が食わしてやるから」
そう言って笑うと、小野瀬は梶の肩を抱きしめた。
「傍にいてくれれば、幸せだから…」
「漣…」
じっと目を閉じると、梶も小野瀬の身体に腕を回した。
もう数え切れないほど情事を交わした関係だったが、思えばこうしてじっと抱き合うのは初めてかも知れない。
乳房も無く、柔らかくもなかったが、そのしっかりとした身体は自分の腕にこれほどぴったりと収まってしまう。
もう、この身体以外、自分のこの腕が抱きしめる事は無いだろうと梶は思った。
「やっと捕まえた……」
そう呟くと、クスリと小野瀬が笑った。
「捕まったんだろ?」
そう囁き返されて、今度は梶が笑った。
「そうかもな…」
でも、捕まりたかったんだよ。
心の中でそう呟き、梶はまたしっかりと小野瀬の身体を抱きしめた。